3ピッチ目の登り。エイドクライミングが楽しめました。
3ピッチ目の終了点で、ほっと一息。 4ピッチ目がちょっと不安。
出合いで家族と再会、成功を喜び合った。
ベースプラザで家族全員が喜んでくれた。
登っているときは、集中していて景色を眺める余裕がなかったので、11月2日、壁を眺めに行った。
出合いで入れたコーヒーが最高にうまかった。
行きは乗り合いタクシーで、帰りはハイキングしました。
紅葉がきれいでした。
朝日を受けて、岩壁が輝いていました。期待と不安が交錯します。
一番の乗り合いタクシーで家族が応援に来てくれました。
何処にいても、子供たちは遊びを忘れません。
35年ぶりのテールリッジです。少々きつかったなー。
次男とかみさんは、下山まで6時間にわたって、何も食べずに見守ってくれました。
2ピッチ目の登攀。



2011.10.2. 谷川岳・一の倉沢・衝立岩・ダイレクトカンテ登攀の記

            
           
衝立岩・ダイレクトカンテへの道のり

私が加圧トレーニングを始めたのが
2002年の秋でした。 2003年に加圧トレーニングの指導者資格をとり68歳で本格的に加圧トレーニングを始めて、1年くらいが経過したころ、自分の体が革命的に変わった事を感じました。「このパワーを何かで使わなければもったいない」。そう考えた私は、若い時に登れなかった岩壁を登る事を思い立ちました。ちょうど70歳を機に、国際山岳ガイドの長岡健一さんの下で、アルパインクライミングをゼロから学びなおしました。

私が目指した壁は谷川岳・一の倉沢・衝立岩と前穂高岳・北尾根・屏風岩でした。この二つの壁は、私が若いころは登攀不能と云われていた難所で、埋め込みボルトの発明で登れるようになったものの、当時は日本のトップクライマーの数人しか登れない難しい壁でした。
あれから50年、いかにポピュラーになったとは言え、今でもエキスパートの世界であることに変わりはありません。古希を過ぎた老人が果たして登れるだろうか?不安はありましたが、加圧トレーニングは私にそれが出来ると思わせてくれました。2006年、71歳の時、国際山岳ガイド・長岡さんの案内で屏風岩・東稜の登攀に成功して、翌々年の2008年、衝立岩ダイレクトカンテを目指したのですが、出発の3日前に、かみさんが脳梗塞を発症、計画は絶たれたかに見えました。 一時は血圧が30mmhgを切って、主治医から「覚悟しておいてください」と言われましたが、何とか危機を脱して、一ヶ月以上の入院を経て、家に帰ることが出来ました。1年くらいでかみさんも元気になりましたが、運動機能に後遺症は残らなかったものの、言葉は出なくなりました。最初はコミュニケーションがとれなくて困りましたが、お互いに少しずつ慣れて、生活も安定して行きました。
その後、計画を再会しましたが、一年のブランクがあるので、直ぐに本番の壁には行けず、2009年の春までは、黒岩クライミング講習で練習しました。その年の秋に一度ダイレクトカンテを目指しましたが、悪天候のために延期になりました。 翌2010年は、春に一回、秋に3回の計4回計画しましたが、すべてが悪天候のため、延期になりました。
2011年の春は、大震災と原発事故で、クライミングの事など、考える事も許されない状況でした。息苦しかった夏が終わり、秋が来て「今年もだめなのかなー」なんて弱気になる時もありましたが、直ぐに弱気を振り払って、トレーニングを続けていました。やがて9月になって、長岡さんから、
102()に実行する旨の連絡をいただきました。

                 
2011.10.2.行動の記

                    メンバー
                 
                国際山岳ガイド・長岡
健一 氏 
                東京都     
Oさん 
                桐生市     岡崎
恭男(76歳)
        
              土合山の家          
05:15
              一の倉沢出合        
  06:10
              テールリッジ中間
          07:36
              一ピッチ目終了点      
  09:09
              二ピッチ目中間       
  10:10
              二ピッチ目終了点       
10:30
              雲稜第一のソロクライマー墜落
  10:50
              三ピッチ目終了点       
12:25
              登攀終了点          
14:30
              一の倉沢出合         
16:10
              ベースプラザ         
17:30
            
           行動時間については、記憶が
曖昧な部分もあります。
                     
                     
あとがき

前日は曇りで、どうなる事か心配でしたが、当日は絶好とはいえないまでも、何とか一日もってくれました。翌日は雪だったので、きわどいタイミングの成功でした。 
2005年に計画して、出来るだけ早いうちに登りたかったのですが、いろいろな事情でここまで伸びてしまいました。 一番心配だったのは持久力でしたが、長岡さんの好ガイディングで、テールリッジでの登りでも、体力消耗を最小限度にとどめる事が出来ました。 ルート途中では、適所にお助けスリングを置いてくれたので、余分な体力を消耗することなくエイドクライミングを楽しむ事が出来ました。 下山では、北稜の懸垂を何とかクリアーした後、衝立前々沢の下りでは、大腿四頭筋の筋肉痛で、下山を遅らせてしまいました。 何とかがんばって出合いに着くと、次男とかみさんが待っていてくれました。 しかも、乗り合いタクシーの最終便も、私たちを心配して、発車を遅らせて待っていてくれました。 登山指導センターで、ガイドの長岡さんと別れて、ベースプラザに行くと、高崎の娘夫婦と孫3人が待っていました。
それにしても、若い時に難しくて登れなかった壁を、後期高齢者になってから登れた事は私にとってこれ以上の喜びはありません。 かみさんと次男の明久は、乗り合いタクシーの一番に乗って、10時過ぎから下山まで、ずっと出合から望遠鏡で、私たちの登攀の様子を見守っていてくれました。 孫たちは、私が4ピッチ目を登りきって、北稜の藪に消えるところを見ていてくれたそうです。 良いガイドに恵まれて、家族の応援を受けて、若い時に登れなかった壁を、後期高齢者になってから登れるとは、夢にも思わなかったことですが、加圧トレーニングは、それを可能にしてくれました。 これは加圧トレーニング無しでは、考えられないことです。 加圧トレーニングを発明して下さった佐藤義昭先生をはじめ、それを研究された先生方に心より感謝をする次第です。加圧トレーニングは、私の老後の人生に革命とも云える変化ををもたらしてくれました。 このパワーをますます磨いて、さらに次なる目標に向けて努力する所存です。 今年、私は喜寿を迎えますが、喜寿の記念に何をしたら良いか?目下、思案中です。

        加圧トレーニング桐生支部・加圧トレーニング准統括指導者 岡崎 恭男
  


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